わたしは無知である――2017年「初心忘るべからず」

この写真は大学時代からその後、ずっと作っていた自分辞書の一部です。

 

「初心忘るべからず」とは、600年前に能を大成した世阿弥が残したことばですが、

単純にいうと、ちやほやされはじめて「もしや自分天才?」と調子に乗りはじめたときこそが壁であり、そのときこそ精進しろよ! っていうことのようです。

精進しろっていうのは、「名を得たらん人に事を細かに問ひて、稽古をいやに増すべし」というところからのわたしの意訳です。

 

わたしは去年からフリーになり自分でお仕事をしているわけですが、もちろんまだまだ集客力も、知名度もありません。

なので調子に乗るなんてことはないんですが、いかんせん瞬発力というか、エネルギーだけはバーンとあるので、ありがたいことにいろんな方々に「すごい!」とお褒め頂くことが増えてまいりました。

またクライアントさんに「香織さんとあえてよかった」とおっしゃっていただけるのも本当に本当に嬉しいですし、少しでもお役に立てているという実感があれば、いくら承認欲求のためでもなく自己救済のためでもないと言っても、素直に充実感があります。

 

アウトローとか歌舞伎者と言われるわたしですが(笑)、では性格のすべてがROCKかといえば、それは全然ないんですね。いやあ知っている人は知っていますけど、乙女ですよ!(笑)

社会になんかにゃ属さないぜ! とか言うこともあるけれど、人に受け入れられたと思うとすごく嬉しい。ふわふわっとなるくらいには。

アウトローはアウトローで、つるみたがりますからね、人と。

やっぱりわかってほしい、受け入れてほしい、淋しいという思いが強く根底にあるのだと思います。

 

で、わたしは基本的にビジュアル分析学でいう「インパクト」の性質が強いので、「喜び組」タイプなんですね。

恐怖感より、楽しいことでエネルギーが湧くタイプですので、そうするとまた、ぐわーっと動けたりする。

そういうときは、やれる感、万能感みたいなものさえ覚えているような気がします。

自分が頑張って何かをやったことに対して、何かしらの結果がでると、ものすごくパワフルになっていきます。

 

そういうときはもちろん良いエネルギーですからぐんぐん進むし、大事なんですが、しかし下手をすればいろんなものを見失いかねないとも思っています。

酔っ払いが最初はみんなで楽しく飲んでいたが、飲みすぎてやっちゃった感っていうのですか。(笑)

そういう瞬間が来る可能性を、結構いつも考えています。

 

なんて真面目! と思われるかもしれませんが、これは散々やらかしてきたからなので、別に真面目でもなんでもありません。(笑)

基本はお調子者なので、小さい頃から、さんざん羽目を外してしまったという苦い思い出があるからなんだろうと思います(笑)。

 

世阿弥は、調子に乗っている状態を「あさましき事なり」と言い切っています。

 

今、わたしは多方面でやることが溢れていて、充実感やワクワク感という意味で「いい感じ」です。

ぐんぐん上がっているぞという感じがあります。というか、これからだ! という感じです。

未熟ながらも、お仕事としてお金をいただく以上、プロとしての自覚を持ち、振る舞わなければなりません。

 

しかしそんななかでも、日々、本当に毎日「まだまだ!」と実感しています。

とにかくこれから改めて勉強を始めなければならないと思うことがたくさんあります。

 

冒頭に出したこの画像ですが、

先日、かつて学生時代からその後作っていた「自分辞書」を久しぶりに見ました。

これは読んでいる小説作品ごとに、ちょっとでも引っかかる単語があったら辞書を引いて、書き写してきたものです。

主に純文学ですが、大衆文学も入っています。

 

日本語は母国語ですから、きちんと勉強しなくてもなんとなく使えるし、なんとなく喋ることができる。

だけどちょっと昔の小説や本を読めば、「ゆとり世代」の我々には本当にわからない日本語というものが山ほど出てきます。(厳密にはゆとり一歩手前ですが、学校の特色上、わたしたちこそゆとり教育のさきがけでした)

 

もちろん世代関係なく、きちんと勉強した人や本を読んでいる人ならわかることばも多くあるかと思いますが、もう消えつつある日本語もありますから、現実的にやはり多くの同世代がわからないことばだらけなのだろうと思います。

 

というか、小難しいことばではなくとも、わかっているつもりの単語が、実は大間違い! なんてことが多々あります。

憮然とか、おもむろとか、代表格ですよね。

ネットを見ていると本当に、大半の人が間違って使っている。

(むすっとしている、とつぜん、みたいなニュアンスでよく使われますよね)

 

もちろんこれはわたしもそうなんです。

今でも辞書を引くたびに、「うわマジか、これこういう意味だったんか!」って、驚くことが結構あります。

 

だからわたしは、基本的に、自分の使う日本語はすべて疑うようにしています。

たとえよく使う知った単語でも、辞書を引くくせをつけています。

(だからこのノートには、わざわざそれ調べたの? なんて単語もよく混じっているんです)

 

「知ったつもり」でドヤ顔、講釈たれる、偉そうにするって、めちゃくちゃ恥ずかしいし、怖いと思うんですね。

わたしにとって、これぞ「あさましき事なり」であります。(笑)

 

あ、もちろんあえて選んで使うときもあれば、「い抜き」ことばも、「ら抜き」ことばも、使いますよ。(笑)

 

極端な例を出すと、馬鹿ということばの意味を知らずに、相手に馬鹿と言ってしまったら大変なことになりますよね。

馬鹿はさすがになくても、敬語にせよ何にせよ、すごくこういうことが多い。

やりとりをしていたり、SNSを見たりしていると、相手は知らずに使ってんだろうなあとは思いつつ、「うわあすごく失礼(汗)」ってことが、本当によくあります。

 

この辞書を作ると、わかっちゃいたけど改めて、いかに自分が無知であるかということを痛感します。

日本語母国話者なクセに、ろくに日本語も知りもしない。

もうね、ほんと、恥ずかしい!! っていう気分になる。

 

大学時代、自分の無知が嫌だなあと思ったのをきっかけに、この辞書を作りはじめ、どんどん基本的に自分を疑うというか、つねに「これは正しいのか?」というふうに、自分に問いかけるようになりました。

日本語にかぎらず、思想、思考、やり方、接し方、その他もろもろ。

本当にこれでいいのか? 良かったのか? と。

 

今の仕事は、正解がありません。

辞書もないし、「人のこころ」や、感覚的なものに近い「美」を扱うものですから、絶対的に測れるものというのが存在しないのですね。

プログラミングだって絶対的な正解はありませんが、まあこころのことよりは、目に見えて「動いた!」がわかるのでわかりやすいかもしれません。(でも最後は文章と一緒で、センスの世界です!)

 

とにかく、正しいのか間違っていたのかというのは、わかりにくい。

どうしても、感覚的でしかないんです。

だからすごく怖いことでもあります。

 

2017年、わたしはある程度目標めいたものを作っていますが、あまりそれに縛られないようにしようと思っています。

激動の2016年からの今年では、もはや自分の着地点が良い意味でよく見えないからです。

「いまの自分ごときレベル」で想定できる範囲なんかに、閉じ込めたくないというか。

 

なので今年はこれでいきます! なんてことは言えないんですけれども、このスタート地点に立った今、「初心忘るべからず」を、真の意味で胸に刻んでおかねばならないな、と思いました。

 

足元が見えにくい仕事だからこそ、正解がない仕事だからこそ、自分を過信せず、きちんと学んでいかなければならない。

自分を厳しく、見ていかなければならない。

わたしはいつだって、無知であると、ちゃんと自覚しておかないとならない。

 

楽しくてテンションがあがっているときは、忘れがちになりますから、改めて年の始に書いてみました。

 

というわけで、2017年が始まり、忙しい日々が戻ってきました。

遅ればせながら、ちょっとピリッと、新年一発目のブログを書いてみました。

 

あけましておめでとうございます。

そして今年もどうぞ、いや今年からどうぞ、よろしくお願いいたします!

新年一発目の自分の写真がこれって……ブレないなあ、我ながら、あいかわらず……(ビューティーアドバイザー……)

 

香織

 

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