星と細胞(随筆)

 
 
 数秘というものがある。いわゆるカバラというユダヤ神秘主義思想の奥義で、占いやトランプもここから来ているそうだ。たとえば聖書には「13」や「666」など特定の数字が見られるが、聖書はもともとユダヤ教から来ているものだから納得がいく。
 
 二〇一七という数字を数秘で見ると、「1」になる。「1」は、はじまり、独立、改革などを意味する。なるほどな、と思う。いまの自分の人生に照らし合わせると、しっくりくるのだ。
 
 
 わたしは小さいころから占いを信じなかった。とはいえ、普通の女子の側面も持っていたので、人並みには興味があった。ただどんな占いを見てもピンと来たためしはなく、そのため大人になってもお金を払って診てもらうなんてことはありえなかった。
 
 しかし二〇〇九年、あのマイケル・ジャクソンがこの世を去った年にわたしは臨死体験をし、もはや自分ではどうしようもない精神的な問題と真っ正面から対峙することになった。それは、人間とは、生きるとはなんのなのか? ということだ。そこからわたしは、これまで漠然と気にはなっていたものの、手を出さなかった、いわゆる「目に見えないものの世界」に興味を持つようになった。そして、目に入るものすべてに意味があるのではいかと考えるようになり、占いなどにも抵抗がなくなった。
 
 ここでちょっと危ない流れになってきたなと感じる人もいるかもしれない。だがわたしは、この目で見るか実感しないとどうしても信じきることができないタイプであるらしく、スタンスとしては「在る」寄りの、懐疑派という感じだ。念のために言うが、わたしはどこの宗教団体にも属さないし、今後もそういったことはありえないと思う。
 
 ただアニミズムは別だ。これは当たり前に日本人に染みついた感覚だろうが、自然を粗末にしたり、神社仏閣で不敬をするなど本能的に無理だ。お天道様は見ているし、八百万の神は信じている。
 
 もともと、宗教には強い興味があった。臨死体験云々以前から、大学ではユダヤ教の資料を集めていたし、そういったことを題材にした小説を書こうと思っていた。宗教といえば日本ではどうしても悪と捉えられがちだか、他国ではそれが道徳の規準とされ、国家の規準ともなりうる。人々の信仰心というものが歴史を作ってきたのだ。そう考えれば到底無視できるものではないし、我々にはすこし理解のしがたいあの生真面目な信仰は、いったい何がそうさせるのか気になるし、やはり何より、神秘とロマンに心をくすぐられる。
 
 
 先に述べたように、数秘とユダヤ教を見ても、宗教と占いは密接に結びついている。日本の神社に置かれる神社歴にも九星気学が見られるし、とにかくこれだけ世界を動かし、歴史を作る宗教と密接な関係にある占いには、やはり「何かある」ような気がしてならない。
 
 私がいよいよその思いを強くしたのは、去年の二〇一六年の年始、ちょうどいまごろだった。接客業からエンジニア職に転職して二年半が経つころで、そのときのわたしは、とにかく心身共にどん底に落ちていた。そしてあるきっかけで退職を決意し、フリーランスになる大きな転機を迎えたわけだが、そのときたまたま目にしたファッション誌の占いと、ネットで見かけた占いの記事に、愕いた。
 
 天秤座には二〇〇九年七月から試練の星である土星が入り、二〇一二年秋まで三年間滞在した。これまで強さや覚悟を試されるような過酷な星回りに苦しめられてきたが、二〇一六年に「成長と拡大の星」、吉星の木星が巡ってくるという。さらに二〇一五年から二〇一六年と、この二年は飛躍の準備をしていたという。
 
 二〇〇九年七月とは、まさにわたしがマイケル・ジャクソンの死をきっかけに臨死体験をし、そこから生きることを本気で模索しはじめ、変わらなければと必死でもがきはじめた年と月だ。そしてこれまでの職種を離れて手に職をつけようとIT学校に行ったのが二〇一二年の一一月、つまり秋。そして転職をしたのが、二〇一五年のすこし手前だ。そこからエンジニアとして働き、フリーランスになったのが二〇一六年の初めだ。見事な一致だった。
 
 なにも数字だけではない。月ごとの詳細な占いも、ほとんど「ああそうだった」と思えるような内容なのだ。
 わたしはもうこれで、「占いなんてウソだ」などと、言えなくなってしまった。事実そこに書かれていたことは、わたしの人生そのものといってもよかったのだ。
 
 
 二〇一七年は、数秘ではスタートの年だと書いた。星まわりでは吉星の木星がわたしの星座にいる。
 実際に、二〇一七年に入った今、昨年の間に熱心に取り組んできたことに勇気づけられ、また形を変えつつ、新しいフィールドに導かれているような感じがある。いくつかのフィールドがあるが、なかでも大きいのは、「ことば」の世界だ。
 
 大学時代から文芸で食っていく夢を持ち続けていたわたしだが、のろのろと書き続けてはいたものの、どうも縁をつかめずにいた。しかし、昨年から、急に文章表現というものがわたしの人生に関わりだしたのだ。
 
 たとえば、ひょんなことから最も畏愛する小説家と交流が始まったり、思わぬところで文章を褒められたり、久しぶりに感動させられた素晴らしい詞を書くミュージシャンが現代詩を語るのを見たり、ライター職の人と仕事をすることになったり、そしてここにきて恩師で詩人の、高柳先生の授業との再会があったり。「ことば」と、ついに縁が繋がったという感じがある。
 
 これはわたしにとって、新しい人生の幕開けになるように思えてならない。これまで苦しかった人生にやっと可能性を感じられるような感覚だ。
 
 これは理屈では説明ができない。あくまで感覚だ。
 占いとは統計学ともいわれるが、そんなことをいわれてもちっともわからない。わたしは理系からとことん逃げてきたのだ。といっても、いわゆる学校のお勉強というのは芸術ジャンル以外真面目に取り組んだためしがないのだが——。
 
 だからこれから書くことは、三歳児が思いつきそうなレベルの話かもしれないし、物理学を学んだ人なら噴飯物なのかもしれない。それでもわたしは女であるから、感覚を全肯定したい。
 
 その感覚で、近ごろまたもや気になるものができてしまった。量子力学だ。
 専門的な説明はできないが、パソコンや携帯電話、電子レンジなど、身近にあるものは量子力学をベースに作られているものばかりだ。
 
 そもそも量子とはなにか。物質を分解していくと、分子になり、原子になり、原子核になり、どんどん小さくした最小単位のものを、「量子」または「素粒子」と呼ぶ。もちろん肉眼では見えないが、素粒子たちは波のようにたえず動き回っているという特徴がある。その波のような上下運動で素粒子たちがぶつかり合うと、わずかな波長が生まれる。これはデータとして見ることができるのだそうだ。
 
 わたしたちの身体は、1兆分の1ミリ以下の素粒子が大量に寄せ集まり、細胞のひとつひとつを構成している。だからその波が、人間の健康状態を大きく左右するらしい。
 
 ――と、すると、だ。
 
 量子力学で考えると、この世の物質すべてに波動がある。だとしたら、宇宙や星々が存在するのであれば、当然そこからの波動や周波数は、こちらの細胞に影響するのではないか――。
 
 星たちの位置が変わり、別の星と近づく。そこで新たな波が生まれて、地球に降り注ぐとしたら、わたしたちに影響があっても当然と、考えることができないか。
 
 もしかするととっくに解明されているかもしれないし、とっくに否定されているかもしれないが、こう考えると、わたしはすべてしっくりきてしまう。星に沿った人生の流れも、歴史を作った宗教と星や占いが密接なのも、人々のあの理解しがたいほどの生真面目な信仰も。くわしくは調べてはいないが、どうやらカバラと量子力学も、結びついていそうだ。これらはすべて、偶然か。
 
 わたしたちは自由意志で生きていると信じている。とくに、現代の日本人は。
 自分を自分で動かしていると信じきっているのだ。
 
 だがもしかすると、わたしたちは無意識のうちに、星たちにコントロールされているのかもしれない。
 
 
 
 
参考文献:
病を根本から治す 量子医学』小林健 キラジェンヌ株式会社
魂も死ぬ』内海聡 三五館
『VOGUE JAPAN 2016年 2月号』コンデナスト・ジャパン 他
 
 
 
 

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