元プログラマのわたしが「カウンセラー」という道に入った理由

最近語る機会が多くなり、そのなかで改めて自分で整理されてきたので、やっと書きたいと思います。

そもそもあまりこれを語っていなかった。

 

わたしの前職はエンジニアです。プログラマとも言える。

厳密にはエンジニアとプログラマってちょっと違うと言われていて、前者は考えることができる人、生み出せる人。

後者は良い意味でも悪い意味でも、ただプログラムを書く人、というイメージを持つ人もいます。

 

そんなことはどうでもいいとして、とにかく、Windowsアプリケーションを作ったり、Androidアプリを作ったり、そんなことに関わってきました。

たとえば病院で使う何かの機械も、中にWindowsが入っていて、そこにソフトが入っていて、そのソフト専用で動いていたりします。

携帯もそうですが、言ってしまえば機械ものは、みんなエンジニアが作っています。

なのでみなさんは自分の知らないうちに、エンジニアが作ったアプリを日常で当たり前のように使っています。

 

わたしは新卒からずっと接客業をやってきましたが、手に職を付けたいと思ってエンジニアに転職しました。

(Webデザイナーとして応募したのに、「うちはエンジニアが欲しいんだよねえ……」って言われて、気づいたらC#やってた……)

 

20代も半ばを超えて、未経験でエンジニアって、結構ハードルが高いです。採ってもらえるのは厳しい。

なんで採用してもらえたかというと、わたしが「変人」であるから。

わたしの白塗りの写真を見て、社長が「おまえおかしいよwww」って気に入ってくれて、採ってもらえたんですね。(笑)

あげく応募に使ったメールアドレスは、ストリートファイターに登場するわたしの最愛のキャラクター「バルログ」の名が入っていて、そういうところも気に入っていただけたらしい。(笑)

「非・常識」であることは往々にして悪評価ですが、サブカルの臭いが嫌いじゃない人も中にはいます。

捨てる神あれば拾う神あり、というやつです。(笑)

おかげで経歴にエンジニアという肩書きが入り、そしてまったく別もの厳しい仕事を経験させてもらえて、前の会社にはとても感謝しています。

 

日本語も苦手な後輩に対する、つらい空気

接客業は大手百貨店などで経験もしましたが、基本的にどこにいっても後輩か若造なので、人に教えるという最も勉強になる経験が少なかった。

エンジニアになって初めて、誰かに教える、先輩になるという経験がまわってきました。

そしてある意味、わたしの人生を変える後輩に出会いました。

 

その後輩は、とにかく仕事についての指示が上手く飲み込めなかった。

会話をしていてもどうしてもずれてしまう。

メモをとらせても、話の内容を理解することが難しい。

ときには長時間かけて細かく説明をすることもあったのだけど、それをやると余計に混乱をさせてしまう。

だけど、わからないということを言えない。わかったふりをしてしまう。

なおかつ、それでも頑張るということができずに、逃げてしまう。

そして相手を怒らせないために、わかってないけど謝って終わらせようとする。

 

さらに、敬語というかことばがそもそもうまく使えないので、相手をものすごく激怒させるようなことを言ってしまう。悪気はないのだけど、本当に酷いことを言ってしまう。

そして、生活面というか、そういったところでもちょっと困ったことがあった。

清潔感がなかったり、その他諸々。

 

これには当然、社内みんなが、怒り・呆れ・嫌悪をあらわにしはじめました。

目に見えて頑張っているのならみんなも応援する気になったのでしょうが、頑張っているふりをしたり、あげく「出来ない自分なんです」と自分を責めることで許しを乞うような態度を取るので、どんどん嫌われていってしまいました。

 

わたしはその雰囲気が、めちゃくちゃつらかった。

残念ながら、当たり前に、嫌われることであるのは事実なんです。正直。

だけどなんとなく「イジメ」にも近い雰囲気が漂っている気がして、すごく苦しくなった。

(誤解なきよう! 決してイジメはありませんでした!)

 

わたしは自分が攻撃されたわけではないので、無理、嫌い、とならず、「うーんどうしたものか?」という感じでした。

すごくすごく悩みました。

そんな感じでしたんで、上司に頼まれ、主にわたしが彼にいろいろと教えることになりました。

 

だけど、彼はそれに答えているんだか、答えていないんだか、わからない状況でした。

根気よく細かく教えるわたしは、周囲から

「本当に香織さんは優しい」

「わたしだったらありえない」

「できるわけない」

「頑張っても無駄じゃない?」

と言われる始末。

 

でもわたしは、そこで断ち切るのは簡単だけど、先輩という立場で自分の勉強のためでもあるし、できるところまでやるべきと思ったんですね。

(これが個人的な関係であれば、手を引いていいタイミングだったと思います)

 

もしかして障害なのか? という空気

しかし。それでも彼はどうもできない。

努力もしているように見えるけど、実際はあんまりしている感じではない。

でも一生懸命にも見える。でもあんまり行動はできない。

 

 

結局やらないんだろ、ダメなんだろ、見ているだけで、もう無理! という人が続出する中で、やがて、みんなのなかに、ひとつの懸念が浮かび上がりました。

「もしかして彼は、何か障害があるのではないか?」

しかしこれを思っても口に出すことは、さすがにみんな慎重でした。それでもやはりみんな、その可能性を考えてしまっていたんですね。

わたしもやはり、そう感じてしまうことがありました。

アスペルガー症候群や発達障害などが流行っていた時期でした。

 

でも、これを簡単に障害なんかにしていいものか?

障害や病気にするのって簡単です。精神科に行って診断書を書いてもらえばいいのですから。

でもその障害や病名を背負った途端に、彼の可能性はぐんと狭まる。

何より彼は、正直、それに甘んじて、何も努力をしなくなってしまうな、という感じを受けました。

そのうえ、すごく苦しむなということも見えました。(自分は普通じゃない、ということで)

 

幸い、その診断がいい可能性に向かうこともなくはないのかもしれません。

できないことをできないと認め、それではどうやって生きていけばいいのかを主体的に考える。

もしくは、「自分はそんなんじゃない!」と奮起して、動き出すかもしれない。

 

だけど彼に付いていろいろと教えているうちに、それは良い方向にはいかないんだろうな、と、わたしも周りも感じていました。

 

もう本当にみんなわからなかった。

彼は本当にできないのか? やらないだけなのか?

頑張ればできることなのか、できないことなのか?

 

もしできないことであれば、それを強要することは、モラハラみたいになるし、ある種のイジメになりかねない。

ていうか単純に、そんな辛い状況、不憫すぎる。

でもがんばればできることなのに、できないであれば、そこは会社だから厳しく言わないといけない。

 

ここは本当に悩みました。(当時の手帳にはそこの葛藤が常に書かれている)

でもわたしにできることは、やるしかない。

 

彼に足りないのはそもそも技術じゃなかったんです。

それ以前の、いち社会人としての基本的なマインドや知識です。

もしかするとそこの意識が変われば、彼は変わるかもしれない。障害じゃないかもしれない。

 

そこで彼と話し合い、彼からの同意が得られたので、がっつり突っ込んでいくことになりました。

技術者としてはいくらでも先輩がいますから、上のレベルはそちらはお任せするとして、わたしはそれ以外の人間理解的な部分で「そもそも」というところです。

 

そこから奮闘です。彼のために、言いにくいことも含めて、なんとか一生懸命伝えました。

誤解しないでほしいのは、彼のためと書きましたが、その都度わたしが一番気にしていたことは、「それは彼のため? わたしのため?」という自問でした。

自分が気持ちがいいから教えるなんて最悪ですから。

先輩という立場であるだけで、わたしの言うことが彼の人生に影響する可能性がある。

間違ったことでも、「先輩の言うこと」として聞き入れないといけないという状況であれば、本当に責任重大です。

何がベストか? どう伝えることがベストか?

常に頭をフル回転で、あの手この手を試しました。

 

自分では気づけなかった清潔感の話や、日本語のこと、文章の書き方、読み方。

それについての参考書、また哲学書関係などの紹介。

8000字に及ぶ資料を書き起こしたりもした。

今のわたしが持てる「生きやすくなるためのツール」の知識をほぼすべて彼に開示しました。

 

障害なら障害でしょうがない。

でも早合点するとまずい。まずは彼の可能性にかけるべし! と思いました。

だって障害となれば、今後の人生は大幅に変わっていきます。

就職先だって減る現実があるでしょう。

 

プログラムより先に、人と向き合うということ

彼にここまでしたのは、何か使命感みたいなものがあったのかもしれません。

それ以上に、見てられない、というのが強かったのは事実です。

彼に、どうも上手く生きられない自分を重ねていたのかもしれない。

 

わたしは中学まで、学歴に関してはエリート扱いされます。

でもぜんっぜん勉強しなかったし、小学校からまわりは有名塾の全国1位、2位とかに入る子がいる。

まわりは勉強できる秀才ばっかりが当たり前。

子どもの世界では、勉強って競争みたいなものだったから、到底勝てないと思ったらやる気ゼロになります。みんなとあわせられないと遅れてる、ダメ扱いされるから、つまんなかったし。絵を描いてたり妄想してるほうがはるかに幸せだったし。(笑)

 

だからわたしはバカ扱いされること馴れていました。バカでいたほうが楽だったから。

でもやっぱり現実的に辛いときもあった。劣等生の気持ちや嘲笑される気持ちはわかるんですね。

 

これが開き直れていないと辛い。

でも開き直っても、やっぱりバカはバカなりに、人生のあるタイミングで必ず苦しい思いをすると思うんです。

わたしにとっては大学に入ったあたりから辛くなって、そこからバカなりに勉強や人生に向き合い始めたりしたんですね。赤ちゃん状態からスタートですよ。

 

で、彼はもう30手前に来て、このバカなわたしでさえ考えて、変われた部分というものも習得していなかった。口悪いですけど。(笑)

たぶんどうやって習得するかもわからなかったんだと思います。切欠もなかったと思う。

彼はとりあえずは、すごく苦しんでいました。

苦しいのは事実という感じでした。

 

もしここで彼が何か切欠を掴めたら、たとえこの会社を辞めることになっても、人生を変えられるかもしれない。

どんなにどうしようもないやつでも最低限こうして人と関われて、空気が読めるんだよってところや、こういう知識がここに書かれているよということは、わたしにも教えることはできる。

彼はそこさえクリアすれば、これまでの人生とは違う人生になるであろうことは確実です。

 

だからわたしは、お節介か、ベストなのか、常にそこの狭間で悩みつつ、自分がやれることをやったんですね。

やるだけやって、それでも本当に、障害のようななにかがあるのであれば、また別のアプローチが必要だし、そこからはわたしは関われない。でも今せめてやれることはやるよ、っていう。

 

事実、会社的にも教育は必要です。

彼が現場に出られないとなれば会社に売り上げはなく、給料ばかり出ていく。

だから現場に出ても平気なように、基本的なことを伝える。

これは先輩として当たり前にやらないといけないことです。

 

でもその内容が、仕事の先輩後輩の枠を超えて、人間同士としての対峙になっていった。

なって行かざるを得なかった。

その洋服洗濯しようよ。外見から変えていこうよ。本読もうよ。自分がどうしたらできるか考えようよ。

その発言は人を傷つけるよ。○○さんに失礼すぎるよ。悪気がないといっても、そのことば選び方は逆鱗に触れるよ。

このタイミングでお礼は言った方がいいよ。

そういう話が必要だったから。

 

しかしわたしの時間が彼とのことでたくさんとられてしまい、自分の作業がなかなか進まなくなりました。

さらには「こんだけやってもらってんのにやらないお前なに!?」みたいに、いよいよ社内の空気が煮詰まってきました。

 

じゃあプロになってやんよ!!(怒)

これはどうするべきか、手を引くべきか。でも手を引いてどうするのか?

村八分状態じゃないか。そうやって辞めるまで待つのか? それは会社的に健康か?

 

そんなとき、わたくし別の上司にガツンと言われました。

「自分のことをやれ」

「そのせいで相手が自殺でもしたらどうする?」

どれもこれも、正論だし、わかっていたことでした。

 

そしてさらに言われました。

「誰がそこまでやれって言った? プロでもないくせに、余計なことをするな」

わたくしここで、カチンと来ました。

 

そして思った。

 

「じゃあプロになりゃいいんだな!? じゃあなってやるよ!!」

 

ぶち切れたんですね(笑)

その人にぶち切れたというよりは、奮起したと表現するべきかもしれません。

その人のことが嫌いになったとかじゃなかったので。大好きだったし! キレたけど!(笑)

 

プログラマなんてたくさんいる。30手前になって始めた人間より、はるかに使えるプログラマがいるんです。

だけど人の世話を焼ける人っていうのは、社会にはホントに少ない。

福祉までいけばいるかもしれないけれど、こうして会社に入っている人や、学校に通えている人のなかで苦しんでいる弱者みたいな人に手を差し伸べる人なんか、滅多にいやしない。

ぶっちゃけ、冷たいって思ったんですよ。それが社会で、現実だとしても。

 

イジメとまではいかないけど、誰かが嫌われていくあの雰囲気。

あからさまに嘲笑されたり、嫌悪感を出されるあの感じ。

みんな、「自分がもしあの人だったらどうだろうか?」なんてことまで考えるわけがない、という現実。

自分の子どもが、あんな風に扱われたら? なんてことまで考えるわけがない現実。

 

この件を通して、わたしはプログラムを書くことより、人と人として対峙するほうがはるかに強く動けるというのがわかった。

それで、プロになりゃいいんだなって思ってきたときに出てきたのは、

「ひとのこころを理解し、そういう辛い人を引き上げることのできる立場」

ということだったんですね。

 

そこで、

そうだ、メンタル系、カウンセラー系の勉強をしよう!

そして資格をとって、そっちの人になろう!

 

そう決意したわけです。

それでわたしは、会社を辞めました。

 

そしてプログラマをやめ、カウンセリングの道へ

単純に体調に不安があるなかで、下手すれば徹夜残業当たり前のエンジニア職、いつそういうことになるかわからないという恐怖感も大いにあった。

そしてわたしはとにかく「人間理解」のほうがはるかにやりたいことであるということを思い知らされました。

 

そして体調不良も絶好調だったんで(笑)、しばらく休養して寝込みながら、わたしはそちらの道に進むことにしました。

タイミングというやつだったんだと思います。

 

後輩の彼は結局、会社を辞めました。

彼には正直、エンジニア職はどうやっても無理だろうというのは、誰が見ても明らかでした。

だからそこで頑張ることが彼にとっていいことじゃない。辞めたことがいい結果に繋がることを願うばかりです。

LINEでやめますで終わりだから、その後知りませんけど。(ため息)

怖くてしょうがなかったんでしょうね。やめると言いにいくのも。

 

この一件、彼とのやりとりの中で、自分がカウンセラーのほうがいいんじゃないかと思ったのには、いろいろとポイントがありました。

・自分はお節介であるということ

・どうやら見かけと違い、他の人より実際はとっても優しいところがあるらしいということ(笑)

・そして何より、彼の思考が愕くほど想像ができるということ

でした。

 

小説を書くこと = 人間理解と想像力

彼の思考が愕くほど想像できる、というのは、

彼の思考はこういうメカニズムで、そこから生まれたものがこういう形で表面に出てるんだろ、というのがすごく想像ができるということです。

あっているかあっていないか、というのは保障はありません。

でもそもそもそこまで想像が及ばない、という人がすごくいるんですね。

これはたぶん、小説を書いてきたからにほかならないのだと思います。

そして人間の不可解な、いやらしい心理について徹底的に言語化してきた、優れた小説家……三島由紀夫や、花村萬月先生の小説を読み、いたく共感してきたからだと思います。

してきたというか、共感できてしまったというか。共感できるということは、感じられるし直視してきたということだと思っています。

 

大学だって英語のために入ったけど、文学にいっちゃった。そして日本文学ゼミで卒論書きました。

文学って「人の心」ですから。

ここについての追求はわたしなりにやってきた。ある意味専門です。

 

で、「彼はこういうことで、こうなんだと思いますよ」と言うと、「プロでもないくせに」、とそこで上司に怒られたんですよね。

でもわたしからすると、そっちがすごく表面的な言動に反応的になってるだけじゃん、と思ってた。

この「人のこころを考察」を素人だからって全否定された。

だから最高に悔しかったんですよ。

 

思えばわたしは、これまでずっと生きづらさについて考えてきた。

人の顔色も見まくってきましたし、どうしてこうなる? ということをたくさん考えてきた。

ひとことでは言い表せない人のこころの複雑な経緯を、表面化したものだけにとらわれず考えることをしてきた。

そしてそれを小説などで言語化してきた。

 

この習慣がたぶん、自然と彼とのやりとりに生きたんですね。

本人に確認すれば事実ばかりだったし。

 

 

そして、他の人とディスカッションして感じることは、あまりにみんな単純に受け止めるんだなあ、ということ。

たとえば何か彼から悪臭がするとしたら、

風呂入ってないの? 洗濯してないの? 最悪……!

というだけで終わる。

でもわたしは、その想像をした上で、

なぜ風呂に入らないのか、いや、入れないのか? 彼の生活とこころはどうなっている?

ということをすごく考えるんですね。

 

ここが全然違うんだということを知ったわけです。

だからわたしは想像力の欠如、ということにすごくこだわる。

これができないカウンセラーみたいなのを見ると、途端にお前に何がわかるんだ! って言いたくなる。

すごくイヤじゃないですか、そんな人に心をみてもらうなんて。あげくお金まで払って。

しかも危ないし。

 

そういったわけで、

わたしはこの特性を活かしていけばベストなんじゃないかと思って、カウンセラーとしての活動を始めたのでした。

 

実際に活動してどうだったか?? はまた別の機会に書こうと思います。

 

自分でも思いますけど、接客業からエンジニア、そしてカウンセラー……何それ、軸がブレブレじゃん! って感じなんですけど、わたしのなかでは、あくまで一本通っている共通点があるんです。

最近ちゃんと口に出して言えるようになったけど。

そのあたりもまた書ければいいと思います!

 

おー長かった!(これもまた約8000文字近く!)

 

 

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