作品の一部になるという至福。ヨシダカホリ、ポートレイト撮影

木曜日は、ヨシダカホリさんの作品撮りのモデルで、元町・山手へ。

   

カホリさんは超面白い。面白すぎる。

経歴が、カメラ学校出身、元自衛隊の撮影部隊、そして現在、子どもの「おひるねアート」講師として活動をスタート。

自衛隊にはちょびっと縁があったわたし。ついでに三島由紀夫も大好きだし。(笑)

ていうか元自衛官、周りに多い……!

さらにカホリさん、Xファン(笑)。

もう通じ合うものが多すぎて多すぎてビックリだけど、もはやお互い好きなものはお互い好きなんだろうという妙な安心感がある!

 

こないだは撮影中に、わたしが生涯一番大切にしている映画「さらばわが愛〜覇王別姫〜」の話が出てきて、レスリーの話で盛り上がったり。やっぱりご存じでお好きなのね! っていう!

 

わたしはおととし頃から、女子にならなければと頑張って女らしさに取り組んでいたけれど(笑)、

「しゃらくせえ!」みたいになってたんですね最近(笑)。

いや、新しい自分に挑戦したかったし、後悔もないし、それもすごく良いのです。とっても刺激になる!

 

だけど、わたしがやらなくてもいいんじゃないか、と最近感じていた。

日本で好まれる、いわゆる可愛い・綺麗系は、たくさんいるわけだし。

わざわざわたしがそれに寄らなくてもええやないの、やっぱりわたしはわたしにしか作れない世界観を作る方がよっぽどいいんじゃないのって。

いわゆる一般的なモデル業界を垣間見させていただいたから、今こそニッチに戻るべきなのかもしれないって、そう思いつつあったのです。

 

誤解のないように繰り返しますが、女性らしさ、笑顔! みたいなのはまだまだ経験が浅いだけで、それはそれで好きなんです。自分が習慣がなかったし、苦手でできないだけ。

わたしは常に未知の領域に挑戦していきたいですから、もう二度とやらないよとか思うわけじゃありません。

でも、そっちをがんばらなくてもいいんだろうな、とわかったというのかな。

 

今回の撮影は、久しぶりにめちゃくちゃ肩の力を抜いた、良い意味でとっても楽な撮影でした。

だって頑張って笑わなくて良いし、メンズっぽいポーズでもいいし(笑)。

カメラの前でずっとやってきたことというか。

ここんとこずっと、かつてのコスプレ経験がものすごくネックになるわ〜〜って困ってたんですけど、ここに来て今までの経験が生きた! という感触がありました。

これはすごくわたしにとって嬉しいことだったし、水を得た魚のようだ、と自分で思った。

もうね、カメラは睨め、で中学の頃から生きてくるとですね、カメラに笑顔が超超超困難なんですよ。

よほど意識しないと怒ったみたいな顔になっちゃうし。

笑ったところで鋭い微笑みたいになっちゃうし。(笑)

だけどそれでヨシの撮影ってえらい久しぶりで……だってニーズないですからね……。中二病の世界以外では、レアですもんね。(笑)

 

今回の撮影を終えて、わたしはアートが心底好きなのだとしみじみと再認識しました。

モデルっていろいろあるけれど、多くのモデル志望の人って結構、わたしを見て! わたしが目立ちたい! っていう人が結構いるんだと思うんですね。(あくまで一部のアマチュアの人の話です)

だけどわたしはどうやら違うことが、ここ最近ではっきりしてきました。

 

VOGUEやELLEなどの写真を見るのが小学生のころから大好きなんですが、そこには圧倒的な「独自の世界」というものがある。

洋服やアイテムのための写真なんだけど、写真そのものが作品じゃないですか。

ショーのレポート写真でも、ランウェイを歩くスーパーモデルの姿は、もうひとつの作品だしデザイナーが作り上げたひとつの世界。

ティーン誌や、服を商品として扱う雑誌とは明らかにそこが違う。

それがたまらなく好きで、そういう雑誌を見ながら絵を描いたりしていたんです。

 

だからわたしはそこに出てくるモデルに、ものすごく憧憬があった。

だから小さい頃から、ものすごくモデルになりたいと思っていた。

 

で、大人になり、いざ現実のモデルのいろいろを見ていくと、どうやらそういうのは、ほぼありえない。

要するにわたしが求める世界は、日本では「一般的」ではない。

あくまでわたしの範囲でしかなかったけど、ニーズはほぼないです。

モードはやっぱり、日本じゃまだまだ「ちょっと変わった人たち」ですよね。

 

だから、ああもう、ちょっと自分の夢見る世界っていうのは、今世では無理かな〜とか結構真面目に思ってたんですよ。

生まれ変わったら、十代からモードの世界目指して頑張ろうとか思いつつあった(笑)。

 

でも今回、なんか運命的とも思えるような出逢いをしたカホリさんに撮影してもらったら、長年創りたかった作品が、世界観がついに目の前に出てきた! と、ものすごく高揚した。

誰かの作品の一部になれるということの超幸福感。

べつに顔なんか映ってなくたっていいんです、わたしは。

一枚の写真が、それだけで作品になっていたら。

もう足の指だけとかでも本当にいい。

 

長年やってきたコスプレもそうだったんですけど、わたしは写真を撮られたいんじゃなくて、絵を創りたいんですね。

たまたま素材として、身近ないつでも使える自分が使えたらいいし、表現力、演技力みたいなものが求められるから簡単ではないけど、こういう世界観をこう出したいって、自分でやれたらすごく手っ取り早い。だから自分を使うっていう感じ。

わたしにとってモデルっていうのは、小説を書くこと、絵を描くことと何ら変わりのない行為なんですね。

 

作品を創りたくて創りたくてしょうがない。

世界を創りたくてしょうがない。

ただそれだけ。

で、作品って、ひとりでも創れるものもあるけど、誰かと創りあげるって、最高に最高なんですよね。あの興奮感はやばい。

小説ってちょっとそれが難しい。

わたしは今は小説が主な創作活動だから、すごく孤独です。(協力してくれる子がいるので、すごくそれが心の支えなんですけど)

だから誰かの作品の一部になれること、一緒に創れる快感を味わえるのって、超嬉しいんですよ。

 

なんだか、ぐわーーっと感覚が戻ってきた感じ。

来世に預けようと思っていたひとつの創作活動が、いきなり蘇ってきてしまった感じ。

 

ちょっと不思議に思われるかもしれないけど、自分の写真に自分らしさなんていらないと思っていたのです。

コスプレもその対象の人、バンドへのオマージュという感じだったから、自分っぽい顔が写真に出ちゃうと、嫌悪感催すレベルだった。(笑)

ひとつの絵として、わたしではなくて、作品の中の人になれることをすごく望んでいた。

でもコスプレではない、誰かの衣装や顔や髪の毛を借りた姿ではない「わたし自身」で、それはすごく難しいことだっていうのをモデルの世界を垣間見て感じた。

やれるのは、もう選ばれし一部の人だけだと。

ボン・イマージュに入れた人だけだよね、と。

(冨永愛さんや福島リラさんがいる事務所)

 

だけど、カホリさんに撮って貰った写真を見ると、諦めていたそれができるのか!? と高揚してしまった!

自分自身が素材でも、いわゆる生々しい自分ではない、作品っぽい自分になれるのかも、と、感動した。

(ここについては、自己否定的な話ではないのです)

 

面白いのが、わたしにとってはあまり生々しいわたしではないのだけど、

カホリさんは、自分でもわからない、わたしが持つわたしの味みたいなものを、引き出してくれる。

そこがアンビヴァレンツで面白い。

 

 

ここ数年、とくに去年1年は、自分が今まで追い求めてきた美学みたいなものって、あえて若干否定的に見ていたところもあったんです。

だけどもう最近になって、捨てる必要は全然ないなというか、捨てられるわけないなってわかった。

いや、まあ最初からわかってはいたんですけどね。

 

妙な言い方ですが、この2年くらいは、自分がすごく変化したときに躊躇なく新しい世界に行けるように、過去の美学に執着しないように挑戦していたんですね。

ためしに過去の自分に拘らないでいようと。

今までは絶対に捨てられないし一番だと思っていた美から、あえて距離を置いて客観視してみようと。

 

それで1,2年やってみた結果、いま、わたしは他の世界を経験したからこそ堂々と元の世界に戻れると思った。

未経験のまま、別の世界を否定するんじゃなくて、やった上で、こっちがやはりしっくりくるよ、好きだよ、と選ぶっていう。

で、戻ったとしても、それはホメオスタシス的な話ではなくて、別のわたしになって戻ってきているから、完璧に同じ地点ではないわけです。

(今後の自分次第というところも大いにあるけれど)

 

日本最高! って思っていた人間が、

世界一周をして、日本に帰ってきて、ああやっぱ日本いいね、という感じ。

 

自分の平たいことばでいえば、

ロック最高! メタル最高! 黒最高! デカダン最高! ゴシック最高! ダーク最高!

みたいな感じ。(笑)

 

人間じゃないみたい。(笑)

悪魔なギタリストで、白い顔をして、地毛で真っ赤な髪の毛をしているときも、そりゃ人間じゃないんだけど(笑)。

でもそのときは彼の色気だったりアンニュイさだったり、カッコイイビームを出したり(笑)、そういったことを表現することで、彼という生々しさを出しているつもりだったから、ある意味、生気みたいなものは強かったんだと思います。

 

でもこれはわたしにとって誰かを「降ろす」ということがないから、すごく茫洋としているというか、未知なんですよね。

 

去年は、良い子をしすぎた。

いやちょっとは良い子になれよって思うから(笑)、良い子になろうと頑張ったし、後悔もゼロ。

どこがだよ! っていう人がいるのかもしれないけど、そりゃあなたかつてのわたしを知らないからだということでしょう!(笑)

でもほんと、わたしの中では、良い子をしすぎたと思う。

だから、良い子をちょっとやったんで、そろそろRETURNSしてもいいんじゃないかな!!(笑)

オロチの復活的な(笑)。

 

やっぱ無理に笑っても無理だろう、わたしはそれでは「作品」は創れない。

作品ってやっぱ生き様が出てくるものだろうと思うから。

 

「生き様」ってことば、本来良い語感じゃないんですよ。「死に様」からの類推表現らしいから。

つまりそういうこと、って感じ。

 

虫けらには虫けらの意地があるんや! って、映画の極妻でかたせ梨乃様が叫んでいたけど(笑)

いっつもその台詞が頭に出てくる。

 

わたしはパンクスではないんだけど、精神はパンクなんだろうなと思います。

(わたしはハードロックにラウドロックにヘヴィメタルにドゥームメタルだから。(笑))

それは、いわゆるまともに生きてこられた人たちと、この一年たくさん接したから思うこと。

ああはなれない、やっぱり。

羨望だけど、悲観はしないほうがいいんだろう。

 

この一年公の場では封印してきた、「マリリン・マンソン」のTシャツも、あえて着てみた。

過去のわたしの象徴みたいなものではあるんだけど、あえて着てみた。

マンソンって、16〜8歳の頃とかの、本当に青春の一部。

グロテスクとダークを凝縮した、なおかつそれをアートにまでもっていった人だったから本当に尊敬していた。

ちょっとマンソンの顔が主張キツすぎるなと撮影中に反省したんだけど(笑)、これも面白い感じになったかなと思います。

 

この昭和感!

おこがましくも、ちょっと某伝説のモデルを意識してみたというか。

横浜、元町の方だし、彼女も。表現への衝動もすごい方だった。

だから超おこがましくても、勝手なシンパシーを抱いている。

 

というわけでとりとめもなく色々と書いてきたけれど、すごくすごく興奮する出逢いでした。

これから一緒に作品を創っていきたいねって、盛り上がっています。

嬉しいな、こうやって表で創作意欲を爆発させることができて!

(小説に関しては今は別のところで出してるから)

すごくすごく感謝です。

 

世の中不思議な出逢いが本当に多いものだ。

生きるって案外、悪くないよな、とこういうときに思う。

 

【カメラマン】

ヨシダカホリ(よしだかほり)

おひるねアート BLOG

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