身近な人に聞くだけでは、永遠に枠から抜け出せない

本日は東日本大震災の日ですね。あとすこしで追悼の時間です。

放射能問題はいっこうに片付いていないし、食にまつわる問題もいっこうに片付いていません。

ご冥福をお祈りするとともに、国民のひとりひとりがこの問題の当事者であるという認識を、いい加減に持てるようにと願います。

 

さて、

今日は前の職場のエンジニア男子から、「甘い物を控えたいけどどうすればいい?」という質問がきました。

お、わたしに聞くなんてそれは本気だな、と感じましたが、

なんでかっていうと、「ちゃんとやる人」に聞くのは、どこかでやらない自分に罪悪感を抱くことになりかねないので、なかなか勇気がいることだからです。

もしやらない場合、その人は「やらないのは自己責任ですからね」と穏やかに表現しても、実際には「結局やらない人」という冷ややかな評価をつけますから、なかなか本気の人に尋ねるってハードルが高いのです。

 

話を戻しますが、

これがちょっと糖質制限をやってるだとか、ちょっと健康情報を聞きかじっている、みたいな身近にいる人に聞いたとしたら、おそらく無責任で適当な答えが返ってきます。

自分はこの程度でやってるよとか、あるいはこういう話や本があるよとか。

 

だけどたとえば糖質制限など健康に関することを「ちょっとやってる」程度の人は、真の食の効果も知らない、害もわからない、結果も知らない、ということです。

「ちゃんとやってる」人っていうのは、良いことにせよ悪いことにせよ結果を必ず見ているはずですから、囓った程度の人の知識クオリティとは雲泥の差です。

 

あなたには、いつも一緒にいる友だちグループや、ママ友みたいな存在がいますか?

 

もちろんそういう関係を否定するつもりはありません。

ただ意識しておきたいのは量子力学の論でいえば、似たエネルギーを持つ人が集まるということです。

 

その中に、ずば抜けてすごい人がいる場合は、当然そのエネルギーが自分の中に可能性としてあることもあります。

あるいは、その人の中に、そこにいるべきエネルギーがあるのかもしれない。

 

でもだいたいは、同じレベルの人が集まっている、と考えるべきでしょう。

 

そもそも、ずば抜けた人ってのはだいたい、そこに留まるようなことはありません。

ひとつの、昔から所属するグループ、旧友、なんてことでたまに姿を現すことはあるかもしれませんが、

その人はもっと自分にあうエネルギーの共同体を持っているでしょうし、向上心がある場合は、もっとすごい人のところにぐんぐん近づいていこうとするから、留まらないのです。

 

だから自分がいつも一緒にいる、という人たちは、同じレベルであると考えるのが妥当といえます。

 

そういうところから得る情報は、少しずつクオリティが上昇していく可能性もありますが、基本的には次元が違う話は出てこないはずです。

出てきても、それは「次元の違う話」として片付いてしまう。

それに馴れてしまうと、進化と成長が止まります。

 

しかし「違う次元の人」から話を聞く、会う、ということをすると、進化します。

明らかに自分の中に新しい価値観や、感覚値をもたらしてくれます。

 

この感覚値が大事です。

自分にも見える世界だと感じること、その世界が当たり前だと思えることが、大事なのです。

 

さらに、「この世界にいる自分が普通」という感覚値を身につけると、潜在意識がどんどんそこにあう自分になるように手助けしてくれるようになります。

(だから悪い環境にいると、悪くなっていく!)

 

とにかく何が言いたいかというと、

自分が同じところにいる限りは、同じレベルの情報しかやってきませんよ、ということです。

 

枠を外れようとすると、かならずいろんなところから抵抗が起こります。

外からの力だけではなく、自分のなかでも疑いが生まれたりします。

人を元の状態に戻そうとする、ホメオスタシスが働くのですね。

(このあたり、手帳術講座を受けてくれた方はわかりますよね?)

 

ですから、誰かの目を気にする、仲間の目を気にする……

そういうことはやめて、自分にとって新しい価値感覚をもたらしてくれる人のところにいきましょう!

 

本来言ってしまえば、好きも嫌いも、過去の自分の価値感覚です。

だから本当に生まれ変わりたいと思えば、自分の好き嫌いを越えた未知の領域に足を踏み入れるのも、かなり有効です。

 

余談ですが一昔前に「ありのままで」ブームがありましたが、あの歌はだいぶ勘違いをされているように感じます。

抑圧されていた本来の自分を閉じ込めることはやめる、という意味であって、現状の自分をYESとする、という歌じゃありません。

ぜんぜんアナ雪に思い入れはありませんし肩を持つ気はありませんが、なんでそうとらえられるのか謎です。

いや、作曲がアラン・メンケンなら話は別だったけど。(というディズニーオタク)

映画も見ずにタイトルだけ見る人が、自己肯定ソングとしてとらえるんだろうなあ。

 

 

まずひとりきりになり、自分のなかで、誰の顔も思い浮かべず

わたしはどうしたい?

本当はどうしたい?

何をするのがベスト?

そう訊ねてみてください。

 

ひとりきりでもいいから、より良い方向に行くことを、自分自身に許可を出してあげてください。

 

あなたはあなたの体裁や、都合で、人生や健康を左右するのですか?

子どもの人生を左右するのですか?

あなたが肚を決めないで、どうしますか?

 

新しいものを入れるには、隙間がないと入りません。

何かを捨てることを恐れず、前に進むのみ!

そうしない限りは、ほんとうに成長と進化ができません。

 

本当に必要な情報は勝手に蓄積してゆきます。

あとからもういちど手に取るタイミングがやってくるはずです。

 

そうです、わたしが京本政樹氏に完全にお熱になってしまったように……!!!!!

 

(元に戻った、という状況にしか思えない……(笑)(笑)(笑))

 

 

というわけで、ぜひあなたも新しい世界を見に行ってみてください。

そうですホールニューワールドですよ。アンビリーバボーーサ〜イトですよ!

 

つーわけで、

じゃあな。

(低音ちょっと掠れたヴォイスで)

 

このいきなり、唐突に終わる感、京様感。

 

 

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