「キャパオーバー」を乗り越えてみることでしか、成長はできない

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ブログの更新がだいぶ滞っているという認識があるんですが、自分の所属する場所の内部整理などなど、とにかく人生に大きく関わるところを脳みそフル回転で対峙していて、本当にあっという間に一日が終わる、という言い訳です。

 

布団のなかで、「あ〜もうキャパーオーバーだわ」とぼんやり考えるんですが、するともう、諦めの気持ちが出てきたり、ギブアップの選択肢が見えてくる。

丹下のおっちゃんが、リング上のジョーにタオルを投げる絵が見えるよね。(笑)

 

「自分を大切にしなければ」、とか思うのは、それはカウンセラーとしての目線が思うことなんですが、

一方で、「それは甘えだろう、逃げだろう」と、いち社会人の目線が思う。

成長したい人間としての目線とも言いかえられるかな。

 

マジで、いっぱいいっぱいだわ、と思うのは事実。

そして今、心臓と血管に負担がかかっているような感覚があるのも、事実(笑)。

 

健康のためにはしばらく休息を入れることが必要だが、そうは言っていられない現実も目の前にある。

のっぴきならない、とはこのことだと。

そして今やらねば、いつだ? と思う気持ちがあり、しかしそれは誰のため? と問いかける気持ちもある。

あれこれ答えを追求して混乱する。

 

とりあえずいま、かなりスパゲッティコード化した脳みそ、という感じがする。

 

このスパゲッティを解きほぐし、すべての一本一本の麺が、良い方向に向かうための努力をしているわけだが……

「ああもう、キャパーオーバーだ、自分には無理じゃないか」と感じる。

そして身の丈にあった行動をとるべきではないかとか、自分の無理なくできる範囲でやるべきじゃないか、じゃないと死ぬ、とか思っちゃうんだが……

 

そう布団の中で思ったとき、

自分の身の丈にあった範囲でやろうって、それ全然、成長しないな、とふと思ったのでありました。

 

永遠にその中でできることしかしないのなら、新しいことができるわけがない。

一歩先の場所にたどり着くことなんて、永遠にない。

 

 

これが快適ゾーン、コンフォートゾーン、と言われるものか、と妙に納得してしまったのでした。

あったりまえだよ。

あったりまえなんだけどさ。

 

ただその「度合い」っていうのがおそらくミソで、見極めが大事なのでしょう。

成長するにはある程度のストレスは必要だが、過剰すぎるストレスは人を病ませますから。

 

まずは軽い筋トレから始めるべきところを、いきなりオリンピックに出るためのトレーニングをやっていると、確実に身体を壊しますもんね。

ずさんな建築物に、いきなり戦車突っ込むみたいなストレスも、ダメだろう。(笑)

 

がんばるべきなのか? 今踏ん張りどころなのか?

この先にこの労力をかけるべき価値があるのか?

いや、もうおかしい、我慢すべきじゃないところまできているのか?

エネルギーと時間の無駄じゃないのか?

 

ここの見極めが、必要ですよね。

 

 

あと、それは、ほんとうにキャパオーバーという表現であっているのか? という見極めも

 

なんか、「やらなきゃ、我慢しなきゃ、がんばらなきゃ」、という表現のときと、

「キャパオーバー」って、ぜんぜん違う気がしますよね。

前者は、やらないといけない状況、後者はもうやらなくていい、やっちゃいけない状況、という語感。

 

いったいどこまで「やらなきゃ、我慢しなきゃ、がんばらなきゃ」で、どっからが「キャパオーバー」なのか? がわかりにくい。

というか、その人次第。

 

今抱える問題を、

「やらなきゃ、我慢しなきゃ、がんばらなきゃ」と捉えるのか、「キャパオーバー」と捉えるのか、明確なモノサシがないですから、

自分に甘い人は、前者の割合が小さく、後者の割合が大きく表現しがちになるのでしょうし、

自分に厳しい人は、その逆で表現しがちになる。

ただそれだけの違いなのでしょう。

 

身体を壊したり、人に迷惑がかかるならキャパオーバーの場合はたしかにしかるべき対処をするべきなんだけど、

本当の意味でのキャパオーバーなのか、逃げに使うためのキャパオーバーなのか?

本気で成長を望むなら、厳しくそこを見ていないとなりませんよね。

 

そしてビッグなことを成し遂げる人、というのは、何が何でも乗り越えるんだなというのは、見ていて思いますけども。

たとえ無理そうなことでも。

 

ただしほんとうに、健康第一、というのは、思います。

どんなに自分のやりたいことを叶えても、そのとき動ける身体がないと、ほんとうに悲惨なことです。

 

当然、命をなげうってでも、貢献をするという選択をする人がいるのも事実なんですけども……。

 

 

結局は、自分がどういう人生を歩んでいきたいか?

どうなりたいか?

これが軸にないと、正しい選択などできない。

そういうわけですね。

 

ぶれない軸を確立した、と思っても、忘れがちになることが多いですから、定期的に自分の軸を振り返ると、安定につながるのではないでしょうか。

 

 

わたしはいま取り組んでる課題については、まだ見極めができませんので、ひとまず忍耐と思ってがんばります。

キャパオーバーが本当にキャパオーバーだとしても、なんとなく成長のチャンスな気がするし、

どういう結果であれ、これを乗り越えることでないと、次の自分に行けない気がする、のです。

 

さらにいえば、たとえいま見えているビジョンではない方向にいったとしても、そして止める、という選択をしたとしても、それをどうやって選択したのか? というプロセスそのものが、ものすごく成長になるような気がします。

試されてるな、と思うのです。

 

奇しくも、今日自分の所属する場所で、体調に関するキャパオーバーで、ポジションを外れた仲間がいました。

このブログの内容には一切関係なかったけれど、まるでその人のことを書いたように見えるなあと思って、本当に完全に自分についてのことだということを、補足しておきます。そして一日も早く快復を迎えるように、願っています。

 

 

最後に、わたしの昔の読書ノートより

『人間の証明』で有名な、森村誠一氏のことばを引用します。

 

「1m90cmの自分が、1m80cmの本を読んでいたら、自分も1m80cmになる。

2mとか読んでいれば、最初は分からないが、気づけば背が伸びている。

2度目、3度目と、読めばわかる。」

 

(Webサイト・小説家になりま専科より)

 

 

というわけで、今日も成長痛に耐えてがんばります!

 

 

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