2016年、HIDEの誕生日に思うこと

今日はごくごく個人的なことを書いてしまおうと思う。

XやHIDEにはまったく関係ないひとにとっては、生と死、人生とか、往年のバンドの宗教性や、依存性を垣間見れるかと思います(笑)。

だいぶ支離滅裂気味であることは予告しておく。

 

いやあまあ、ここにこういうことを掲載するのはどうなのかな〜とちょっと躊躇はしたんだけど、たまたま昨日、コスプレイヤーの名義でやっていたブログをちょびっと読み返して、ああちょうど明日がHIDEの誕生日なのかと気づきまして。

3年前、HIDEがなくなって15年経ったときの記事が出てきたんですよね。

(HIDEって、XJAPANのHIDEです、念のため。)

そして先日のライターの大島暁美さんのセミナーのことも書かなきゃなあと思っていたし、それじゃあいまはもうあまり語らなくなったHIDEについて、書いてみようかなと。

 

だいぶ普段と違うテンションというか、ものすごく自分の深〜いところの吐露なので、うわあヘヴィ、となると思いますが。

そしてやっぱりまずいなと思ったら、消すかもしれない。(笑)

 

一応、初めて見る人もいるであろうと思い念のため。

わたしはずーっとXJAPANのファンとして14歳のときから別名で活動をしてきています。

なので、ネット歴も長いし、ネットで顔を出している歴も長い。ただし厚化粧だけどね。(笑)

 

 *

 

先日の大島暁美さんの講座は、「失敗しない! イベント・プロデュース講座」というものでした。

今後イベントの企画をしたいし、そういう機会もあるだろうと思っていたので受講したんですが、さすが、さいたまスーパーアリーナ規模のイベント主催をする暁美さんの専門知識は、すごかった!

裏話というか、暁美さんにとってはべつに裏ではない話も、素人にはかなり面白くて、あっというまに終わってしまった。

メモを取る手が痛くなるほどメモをとった!

はやくこの知識活かしたいなあと思う反面、こんな苦労するのじゃイベント企画なんか誰かに任せたいよなと思ったりして。(笑)

 

大島暁美さんといえば、ヴィジュアル系雑誌SHOXXでの「ロックンロール日記」など、バンド好きにはおなじみのライターさん。

わたしも小さい頃からだいぶ暁美さんの文章にお世話になったクチです。

いっつもバンドメンバーの近くにいて、羨ましいし、生の姿を伝えてくれるのが嬉しかったんですよね。

 

そして講座の主催であるI.N.Aさんは、hideのバンドメンバーで、プロデュースなどを一緒にやっていたHIDEの相棒さん。

 

……あらためて説明するとなんか、照れますね。よくわかんないけど。(笑)

 

で、そんな講座の日の最後、わたくし、日本だか世界だかに3枚しかないhideのポスターを暁美さんと挟んで、なんとI.N.Aさんに写真を撮ってもらうという、もはや謎のシチュエーションを味わいました。

なんかもう、子どものころのわたしが見たら、まあぶったまげる写真だよね。(笑)

だってhideを挟んで、暁美さんとわたし。それを撮るI.N.Aさんて。なんだその無茶苦茶なシチュエーション。

 

そんなシチュエーションを、3年前の自分の記事を読みながら思い出し、はあ〜〜なんか、人生って不思議しかないなあなんて、思ったのでした。

 

なんだろうか、ひさしぶりにちょっと静かな気分というか、そんな感じになった、52歳のHIDE誕生日。

そろそろHIDEがこの世を去った年齢に、自分が差し掛かろうとしていることの驚き。

だけど、いろんなことがあった人生のなかで、ある意味一番変化をした年。

 

この数年、ちょくちょく思っていたことのひとつは、HIDEやXのメンバーは、この歳の頃、とんでもない立場にいたんだなということ。

子どもで一般人だった自分たちは偉そうな口叩いてきたのだけど、ありえないよね。

 

たとえば20代なんてほんとうにいかに子どもであるかなんて、なってみて実感する。

だけどそんな20代半ばで、すでに強烈な重圧に耐えて生きていたんだな、あの人たちは。

いまの自分は彼らの責任の100万分の1くらいで、途方に暮れる。

いくら時代が変わり、実年齢に対しての精神年齢が下がりまくったとはいえ、それでもHIDEがこの世を去った33歳て、まだまだ成熟した大人なんかじゃなかったんだろう。(おじさんとか思ってたわけだけど・笑)

 

なんかもうそんなこと考えると、無言で俯いてしまいますよね。

 

Xに限らず、いろんなバンドがいろんなドラマをもって解散し、そしてみんな40代、50代手前で再結成ブームが来て……

なんかそれって、当たり前というか、そりゃそうだよねって、最近思う。

みんなさ、実は子どもだったじゃないかって、わたしが言うことじゃないけど思うんですよ。

 

だけど常に時代の先駆者でなきゃいけない。

常に選択を誤ってはいけない。

常に見られる自分をやっていないといけない。

 

無理があるよな。

 

今はもう、Xのことも、HIDEのことも、あんまり公には話すことはないし、というか誰かと話すことももう滅多にない。

わたしはそこから離脱せねば! と眦決したし、それ以上に、すごく冷めた目で見るようになったから。

 

そういうことも、いろんな思いも、3年前に書いてたのねえと、昨日ブログに目を通して思った次第。

 

過去のブログは残しておくかどうするか、決め兼ねているので、とりあえず今となってはレアな自分の揺れる心情の吐露、残しておきたくなり……

またかつて、自分のそういった吐露により、共感しスッキリするという人もいたので、公の場で残そうかなと思って、以下貼り付けておこうと思います。

 

ただし構成も、読まれることも何も考えていない文章なので、いろいろとご容赦を。

 

だけどこの限りなく私的な文章が、誰かにとっての何かになるかもしれないし、なってくれたら、それはすごく嬉しいこと。

 

 

 *


「15年」
 2013年 5月3日 金曜日
三浦海岸駅前の花屋さんで。店の前は、hideの曲が流れていた。
ダッシュで一輪! ちょっと草臥れ気味だけど。タクシーの運転手さんがすごく急いでくれたので、間に合いました。ありがたい。
とてもきれいだった。
セキュリティの方々も、平日の今日より、祝日の明日が大変だろうなあと少し途方に暮れながら、みんなのためにお花を詰めてスペース空けておった。
 
霊園への曲がり角から。帰り道。
久々に結構真っ向から向かい合った一日だった。15年経ち、やっと出てきた答えもあるし。
帰り道は何も乗らず、徒歩で駅まで。
浜辺に降りられたので降りてみたら、かわいい11ヶ月のわんこが散歩していてめっちゃ絡まれた。他に誰もおらんので、歌いながら歩いた(笑)何年ぶりかに砂浜を歩くので、んまー大変! 徒歩だと結構あるね、駅まで!
さきほどのわんこ以外はしばらく誰もおらず。駅に近づくにつれ、徐々に人が。
あらゆることを考え、感謝し、しみじみと歩いた。
大変よい時間を過ごしました。
 
 
 *
 
2日、ふと思い立って、一日悩み、横浜駅の乗り換えで、京急に飛び乗った。
そのまま45分ほど乗って、いろんなことを考えた。
悲しすぎて涙が出てきたほどだ。
あのひとたちは何を言っていただろう? そう思って、本質を冷静に探るために、Xなんか聞いちゃって。あんまりにこういうシチュエーションや感情に、怖いほどにぴったりはまって、改めて、ああほんとうに、なんて悲しいバンドなんだろう(悲しみの人なんだろう)と思い知って驚いた。
 
 
三浦霊園に行ってきた。
15年経って初めてのことだ。
なんか、軽薄、希薄、自己陶酔、そういうことばが頭に浮かぶので、ずーっと行く気になれなかったのだが。
お前ら泣きたいだけじゃんとか、悲劇を味わっていたいんだろうとか、そういういや~な気持ちと、当然、いや現実直視できませんから、という思いと。
受け入れなくてもいい現実があるんじゃないか、という話を、以前お友達としたことがある。それはHIDEのことだ。
でも何かあるたびに、いやというほど思い知らされるのだ、その現実を、彼の不在という事実を。

 しかもはっきり言って、いいものではなかった。

よくわからんし、未だに。知ろうともしていないあたりがアレなんだけど。
でも、「解脱」、とは違うということを直感的に感じ取っているわけで、だからこそ、本来は喜ぶべき「現世での死」を、今でも微塵も喜べないわけだ。
その時は感情で拒否しても、時間が経つにつれ、理性が生まれて、冷静に事実を見て、なんとなく、これでよかったんだねと、お疲れ様、と思えるはずのものが、15年経った今になっても、思えない。
次の段階へ、次の学びへ、この世の辛い修行を終えてよかったねと、そういう思いにならなければならないのに、とても喜べないままなのだ。
 
だから、この現実は受け入れられません! なかったことにしています! 状態で、とくにここ数年はやり過ごしてきたわけなんだけど。
直後から数年は、感情的になり、みんなでとにかく喜怒哀楽に没頭した。それもいろいろ、「どんなにあがいても、夢を語っても、変えられない現実があるのか」と、いい加減に虚しくなってきた頃に、受け入れることとか、考えることとか、なぜという問いかけとか、どうにかならんのかと、望むことも放棄してしまった。
辛いので。あんまりにも辛いので。
 
(絶望しつつも、それでも生きている限り可能性はあると思っていたから、しつこくずっと、何年もTOSHIとYOSHIKIのことに関しては、口に出して願い続けたけれどもね。そんなわたしは、周りからしたら、微笑ましいほどの夢物語を語る子だったんだけど)
 
ネガティブなものを引き寄せ続けたままでは、生きてはいけない。
負の爆弾であるXと、うまいこと距離を取らねば、現実世界を生きていけない。自分でコントロールして距離を取らなきゃいけない。
次第にみんな、それができるようになってくるし、できるようにならなきゃいけないんだろうと思う。すなわち成長、だと思うからだ。
 
それでも毎年、置いてきたつもりの「現実」と向かい合うきっかけになる日が来るわけで、それも頑張って意識的に無視すれば、なんとかまたその後もやり過ごせるようになる。
なんとなく、後ろめたいものを感じつつも。
それは、我々ファンは自分でコントロールして遠ざかることができても、YOSHIKI本人は、本人でしかないから、その苦しみ逃げられないことを知っていて、置き去りにしているような後ろめたさだとか、悲しみに没頭しないことが薄情なのではないかという罪悪感とか。(誰かの死後直後それでもお腹が空くのよ、という罪悪感と同じでね)
どこかでそういう思いがあるのだろうと思う。
(後者は、自分の中にはさほどないと言いたいし、あってはいけないと思う)
 
TOSHIの言っていた「運命共同体」とはよくいったものだなあと、今ぐらいになってよくわかる。
誇張でも一体感を得るためのカタルシスでもなくて、マジになってしまった恐ろしさ。
 
だからこそ、運命共同体だっていうからこそ、どん底の中に居続けるYOSHIKIを置き去りにして、自分たちだけ成長して彼との距離をコントロールできるようになることに、罪悪感を覚えたりして。
 
運命共同体ということばが、一種の呪縛めいたものになってしまっている恐怖。いい意味での運命共同体(いい意味でのって何を指すのか自分でもよくわからないけど)でなきゃいけないのに、悪い意味での運命共同体になってしまう。
何もかもを共有して、死ぬときは一緒、みたいな。
その死ぬときっていうのもポジティブならいいけど、そうじゃないからね。
みんなで滝壺に突っ込むみたいな。
それは避けなければならないから、各々が成長しなきゃいけない。
 
だから頼むよYOSHIKI、と思うわけだね。
(何を、というのは察して頂きたい。直接的な言葉で彼を責めることは、Xファンとして公に出ている限り、どんなに本音でも言えないのだから)
 
 
とまれ、
直接現実に向き合うのは無理です。
何も悲しむために行動しなくたっていい。
バカげている。
泣きたいから行くのか? 悲しみに酔うために? それがファンであるという証を得たいがために? バカにしてんのか! そんなんよそでやれ!
それで泣け泣け演出をして、裏で札束数えている感満載のイベントやリリースとか。
もう色々うんざり。
そう思って、自分も、周りの友達も、hide関係の諸々から離れていったんだけどね。
なんとなく、わたしや周囲の一部が頑なに、小文字の「hide」と「HIDE」を神経質に分けて使うのは、ソロとXの違いよりも強く、このへんにある気がする。
 
泣いてファンの証明を得る、そんなような印象を受ける人々は、ファン歴差別発言でいかんのだけど、新参者に多い気がした。どこかで焦りを感じているのだろう。ファン歴が短いという負い目があって。
昔からのアツいファンに負けないくらい、Xが好きであるということを周囲にわからせるためには、手っ取り早いのが「感情的になって、理性を忘れる」ということを再現してみせることだったのだろうと思う。
 
あのこと以前からのファンは、主に2パターンいて、
現実に対してキャパオーバーで、無理ですこれ以上受け入れがたいです、さよなら! と完全に背を向けることでしか生きられないような人か、とにかく存在を確認したい、その存在のそばにいたい、離れられないという思いで、ヒーヒー言いながらイベントなどに来るかの、だいたいどちらかだったと思う。
 
自分は後者だったと思う。
時間を取り返す意味でも、何かとにかくXに関わるところには一緒にいたかったし、離れたら完全に消えてなくなるような恐怖があるから一緒にいたかったし。切々とした想いに突き動かされて、よくわかんないけど駆けつける、みたいな。
そこで泣いて悲しい思いをするだけなのに、みんなで失ったことを再確認するだけなのに、それでもそこに集まりたかったんだね。
「何もないけど、何かせずにはいられない」
五人衆のねーさんたちの、TOSHIコス、HEATHコス募集のチラシに書いてあった文章の中にこうあって、痛く心を動かされたものだった。まさにそれだと。
(こんなこと言うとやめて恥ずかしいからと怒られそうだが・笑)
 
それに、YOSHIKIがたったひとりですごい頑張って、存在しないXを、なんとか幻想でもいいから維持させようとしている努力に対して、心から感謝していたし、彼の夢を叶えたいと思ったし、どうにかして叶ってほしかったし。
 
 
それも時間の経過とともに、先に書いたように、現実を受け入れ続ける辛さと、叶わぬ夢を語り続ける虚しさと、そういうものがいい加減辛くなって、少し離れたところから見守るようになった。
どんどん冷めてゆくというか。ギャンギャン泣きたい人とか見ていて、どんどん冷めていったね。(想いが、ではなくね)
 
Xがまさかの、夢物語のようであった復活を果たしてもなお、どこか冷めた気持ちは変わらなくて、むしろまた、怒りとかもどかしさとか、不条理に怒り狂って感情的になって、ああまだまだというか、また振り回されてるなと実感して、ほんとバカみたい、と思って傍観者どころか他人面するようになった。
それがまた新しいファンの存在であったり、なんだか別のベクトルでXに向き合っている海外のファンとか、TOSHIのことであったりもした。
 
 
十三回忌と言われても、「そうか。そうなのか。ふぅん……」っていう感じで、そっぽ向いたし。2003年だっけ、その辺のhideのFILM GIGを最後に、もう本当に無理、もう二度とこういうイヴェントには行かないなと思っていたから。
受け入れなくていいし、向きあおうと思ってもあらゆるものが邪魔をするわ、と。
答えなんか出ないし。
いい加減、「帰ってきてよ」とか、「なんでなの」とか、そういう呼びかけ、本当にHIDEが可哀想だし。
 
いつかはお墓参りに行くかもしれない。でもそれに何の意味があるのか? センチメンタルに浸りたいだけなんて嫌だ。というか墓石というものを見て現実がこうだとつきつけられるの嫌だし、よくわかんないけど、今は考えられない、行くという選択肢が存在しない、という感じだった。
 
 
それをなぜか、突然、5月1日の夜に、今年は行ってもいいのかもしれない、と思った。ふと、行こうかな、と。
なぜかもわからない、心境の変化なのかもしれないし、何か霊的(スピリチュアリズム)な意味があるのかもしれない。
両方だと思う。
横浜駅に着いて、一日中悩んでいたし、ほぼ間に合わないのもわかっていたけど、ええい、とりあえず乗っちゃえ、と京急に乗った。
HIDEに会えるわけでもない。
ただ墓参りというのは、祈るきっかけになることだから、いいことではあるとは思うのだけど、でも、正直、「解脱」であるなら良いけど、今もきっとまだ辛いのではないかと思うHIDEに、何を祈るというのだろう。
そこで何をすればいいんだろうと。
 
 
今年、少しだけ自分の中で気づいたことがある。
学びを途中で終えてしまったHIDEに、早く次の場所でこの課題をクリアして、乗り越えてほしい。最も強くそれを願う。そう願うべきだとも思う。
しかし。
よく言うが、「いつまでも悲しんでいたら、成仏できないわよ」と。
実際その通りなのだという考えがある。
次のステージに行かなきゃいけないところを、いつまでも、みんなが足にぶら下がって、行かせない。15年経ってもなお、悲しまれて、帰ってきて、会いたいと願われる。
生殺し状態だろうと思う。
こんなに辛いことはないのだろう。
15年もの呪縛。そして多分それは、今後も、いつまでかわからないけれど、長いこと続くだろう。
それがどれだけの苦しみか。
彼には何もできないのだから。ただ大事に思っていた大勢のファンという人間が苦しみながら泣き続ける姿を見ているだけで、何のことばもかけてやれない。救えない。
何より、YOSHIKIだ。
最愛のYOSHIKIがあんな状態のまま15年、ちっとも立ち直れてはいない。(そりゃそうだろ、だって解脱に思えないからきっと立ち直れないんだ。なぜ? としか思えないのだもの)
ああ、これが、学びを途中放棄してしまった、HIDEの罪なのかと、今年になって気づいた。その気付きは、ものすごく重くて、腹の中にあった鉛を持ち上げられて、また放り投げられた感じ。ずーんと来た。
 
それを背負うのも、彼の人生の課題であり、学びなのだろう。
 
あまりに辛いことだけれど、理性で考えて、本当にそれに違いないのだと結論が出た。
だからHIDEの学び、修行、苦行はまだ続いている。まっただ中だ。
「魂は永遠」なのだと、ここでまた実感する。
 
よくみんなHIDEに言うが、「頑張るから、見守っててね」と。
でも違うんだと思った。残念だけど。
「HIDE、頑張ってくれ」と、切実に思った。こっちも、どんだけ彼が辛くてもどかしくて歯がゆいかと思うと、見いているこっちが辛いという状態だから、もう血を吐くような気分だけど。
 
だからやるせなくて、余計に悲しくなり、なんだかある意味、今までのこの15年間の中で、もっとも悲しさを重く感じた日になった。
過去、感情だけで、うわああっと悲しみ、泣き崩れ、みんなでグジグジしていたけれど、そのときは感情を暴走させて、答えも出さずに、それでなんとかなっていたけれど(それはつまり、逃げ)。
 
こんなに真面目に、真っ向から立ち向かったのは初めてだったのかもしれないと、気づいた。常にこの問題とは向き合わざるをえなかったと思っていたのに、実際はちっとも向き合っていなかったね。
現実見て、絶望して、わーーーって叫んで逃げていたんだろうと思う。
わーーーって誤魔化していたんだろうと。
 
墓地に向かうか迷った半日、向かうと決めた道すがら、電車の中、hideの曲が流される駅前の花屋の中、飛び乗ったタクシーの中、そして初めて見る墓石と花々の前で、否応なく、初めて正面から、しかも、正真正銘、ひとりきりで向き合ったのだ。
もうそうしたら、かつてないほどのやるせなさと、とんでもない悲しみと、気付きによる重さで、何度も何度も泣くのをこらえた。というか泣いてたんだけど。恥ずかし。
こんなことってあるかよって本当に思ったね。
 
 
それでも帰り道、砂浜や道路沿いを駅まで歩きながら、こんなにまで他人の人生に関われること、食い込めること(正式には逆だが)、なんてすごいことなんだろう。
なんて、素晴らしいことなのだろう。
そう思えて、なんだか、すごく素直に、感謝を覚えた。
 
こんなに辛くて苦しい思いをするほど、他人であるHIDEやXのメンバーを、大好きになれたことが、奇跡的だと思ったし、嬉しいと思えた。
 
なんだろうねこのアンビヴァレンツ。
でもなんか、奇跡とか、目に見えない神様に、感謝したくなるときってあるじゃないですか。
 
 
一日中、無意識に、ノートを書いていても、思考の中でも、気づいたらHIDEに向かって話しかけていることが多かった。
そういうの、サムいと思うんだけど(笑)、でも自然と問いかけになってしまっていたのだよね。
辛いんだろうねとか、苦しいんだろうね、本当に後悔してるんだろうねとか、
でも少しはましになったでしょ? とか、あの頃に比べたら本当に良くなったよね? でもやっぱりまだヒヤヒヤするんだろうねとか。
みんながぶら下がったままで、本当に辛いだろうね、早く次に行かなきゃならないのにね、本当にごめんねとか。
あまりそういうことは普段はしないんだが、昨日は完全に問いかけ続けていたな。なんだろうな。
サムいよ、ほんと。(笑)
 
 
当日も川崎でイヴェントがあった。
例のごとくわたしは微塵も興味がわかなかったが、なんだか初めて、「別にいいじゃん、金儲けしたって」と思えた。
ものすごい悲しみと無力感と虚無感と絶望を残していって、それくらい残していけてよかったじゃん、と思った。
せめてお金を生み出すものを残していってよかったじゃないかと思えて、別にいいじゃんと思えた。
残念ながらそれに参加する気にはなれないけれど、否定的な気持ちが、どうでもよくなったな。
これまでは、みんなが集まれる場を提供したい、とか言われても、ねえ? と横目で見ていたわけだが。
多分、多少は成長したんだと思う。少しはね。
 
 
本当にまあ、いろんなことがあった15年だった。
15年歳を重ねても、まったく同じレヴェルで、好きな気持ちが消えないのがすげえなと思った。
ここんところ、己の中の「X魂」を再確認してびっくりすることが多い(笑)。
もしや消えたのかも。もう力尽きてしまったのかも、と思っていたのに、ただそれは鳴りを潜めて内部で潜伏していたもので、もう二度と消せない何かなんだと思いましたわ(笑)。
 
来年行くかどうかはわからない。こんな辛い思いをするのはよくないなとも思う。
ここんところ健康に留意して生きているせいか、体調を崩すことがものすごく減ったのだ。
破滅に向かって派ではなくなったからね(笑)。
それがどうだ、翌日の3日、ひっさしぶりにすごい体調悪くて、寝込んだよね。
あー、めちゃくちゃ疲れたんだなと実感した。
 
でもたまには、こうしてじっくりと向きあうのもありなのかもしれない、と思った。
大事なものを整理して確認する日っていう感じで。
 
 
 
 ああ、もう推敲するのも嫌になったのでこれで終わるけれど、妙に時間かかったなあ。
あれからパンドラの箱をあけました状態で、昔の雑誌や見ないままおいておいたDVDとか見ちゃったりして、大変よ。
 
 
日産スタジアムとかサマソニあたりからわたしは完全に無関心を装っていたけれど……
次は、行くと思う。
行くよ。
 
 

 
というわけで以上大変な恥さらしをしてみました。
何かにつながるかなあ。つながると、いいんだけど。
 
 
 
 

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