臨床心理士に学ぶ「カウンセラー部」発足! その理由は……?

 

例によって写真がないのですが、先日、第一回カウンセラー部の講座が開かれました!

 

「カウンセラー部」は、わたしが個人的に、志を同じくする仲間を募って開きました。

これは、児童福祉の現場で16年臨床活動されている臨床心理士の大内雅子さんを講師に迎え、心理やカウンセリングについて学ぶ場です。

 

 

「カウンセラー部」発足の理由

現在心理カウンセラーというのは、国家資格ではなく、言ってしまえば誰でも名乗れてしまうものです。

知識と気持ちがあれば名乗れるわけですが、しかし場合によっては、言わずもがなですが、知識もトレーニングもない状態でクライアントさんに接すると危険が生じます。

 

中には質の良い団体や協会もあるかとは思いますが、臨床心理士ほど厳しいトレーニングと学びをするところはないのでは、と思います。

 

というのは、現状、自分を癒やすための場として自分と向き合うのみで終わるところもあるらしく、カウンセラーとしてのトレーニングをさして積んでいないところも多いという話を耳にするのです。

それでもとくに規制がありませんから、カウンセラーを名乗れてしまうというわけです。

 

一方、臨床心理士になるには、大学から大学院まで含めて最低6年、そしてなったあともとにかく鬼のような勉強とトレーニングが待っているのですね。

心理の勉強も当然のことながら、カウンセリングスキルを徹底的に磨き、そして晴れて臨床心理士になったあとも、その資格を維持するためにまた課題が課せられる。時間もお金もとにかくかかる印象です。

それくらいのことをしてから、ひとのこころ、生活と向き合っているのです。

 

たとえば虐待を受けている子どもがいたときに、わたしたちはなんと声をかけたら良いのでしょうか?

ただ黙って抱きしめることが最善なのか、何か声をかけてあげることが最善なのか、どこかに支援を求めることが最善なのか、知識がある人はどれくらいいるのでしょうか。

肉体的なものにかぎらず、精神的なものでも、緊急の場合に判断をあやまれば、それは命さえ危うくなります。

また命が助かったとしても、その人のその後の人生に大きな影響を及ぼすかもしれません。

 

これが通りかかりの人であったなら、そのときの自分にとっての最善をつくすほかありませんし、それで許されます。

しかし仕事として行う場合にはどうでしょうか?

それなりの厳しい学びは、当然、必須になります。

 

ほんとうに幸いにも、わたしがこのカウンセリングの道を歩み始めたときに、出逢ったのが大内雅子さんでした。

いきなり厳しい道を歩むプロの方に出逢えたというのは、ものすごく幸運であり、これは今後の人生を大きく変える出来事であったと、現時点でも言えます。

これはわたし自身にとって幸運であったというだけではなく、当然わたしのクライアントさんや、悩みを抱えた人たちにとって大きな希望になるものです。

 

カウンセリングとは、おためごかしでやってはいけないものです。

自分に類似したクライアントさんが来るとはよく聞くことですが、相手に自己投影し、自分が癒されるために、クライアントさんを救うということはあってはならないと、わたしは考えています。(依存状態が生まれたり、他、危険も生じます)

ならない、というと強いことばですが、少なくとも臨床心理士レベルの人たちのカウンセリングは、そういった姿勢はありません。

 

またお金儲けのためにその職を選ぶとしたら、もっと楽に稼げるものがあるけれど、あえてその職を選んでいるといえるのではないでしょうか。

つまり、そういうこと、だと思います。

覚悟があるのですね。

 

カウンセラーといっても、いろいろありますから、臨床心理士以外を否定するつもりはありません。

中には占いや、アドバイスによって、スッキリして救われる人だっています。

それぞれの役目があるのだと思います。

カウンセラー業界においての最高権威である臨床心理士にかぎらずですが、国家資格所有者が全員優秀かといえば、それも残念ながらありえないのです。

知名度があろうがなかろうが、民間の組織やメソッドのほうがよっぽど人を救えることだってあるのだということは、わたし自身も経験で十分に感じました。

 

しかしこころのことは、肉体的(フィジカル)なことより、見えないぶん、ボーダーが引きにくいのだろうと思うのです。

この程度まで請け負える、ということをきちんと自覚して対処できればいいのですが、無責任にやっている心理カウンセラーがいるのは、どうやら悲しい現実のようです。(そのため被害もあるようです)

 

いろいろな面を考えて、やはり自分のためにも、そしてなによりクライアントさんのためにも、体系的に学ぶことは必要だと思います。

 

わたしは個人的に、カウンセリングを行う上で、真摯に誰かの支援をする上で、最低限、臨床心理士レベルの基礎知識が必要だと感じました。

そこで、大内さんに教えを請うことにしたのです。

 

それは臨床心理士であれば誰でも良いというわけでは決してありませんでした。

先にも書いたように、臨床心理士が一概に全員信頼できるとは、まったく思っていません。(自分の経験から)

児童養護施設や学校でのスクールカウンセラーとしての実績だけでもないのです。

知識や経験だけではなく、堅実であり、真摯に向き合っている姿に、信頼をおけるからなのです。

実際に交流するなかで、この方から学びたいと感じたからなのです。

 

また、「(精神)薬を飲む前にまだまだできることがある」、ということをおっしゃっていたその想いに深く共感できるからでもあります。

 

そして仲間を募った理由ですが、

自分の場合と同じく、本人だけではなく、仲間のその先にいるクライアントさんたちにとっても、希望になるであろうと確信しているからです。

 

 

第一回目を終えて

第一回目は、主に臨床心理士がどのような仕事をしているのか? どんなところで活動をしているのか? どんな専門性が必要なのか? どんな学びをしているのか? など、細かい内容で専門領域について教えていただきました。

カウンセラーを名乗るのにどれだけ厳しい現実があるのかという、覚悟が問われる内容であったと思います。

 

前述してきた文章も、この第一回講座があってこそのものです。

そして、通常であれば、臨床心理士が、いわゆる協会に属さないカウンセラーに、こうして講義をすることなど滅多にないのだろうということも理解しました。

この部の学びは、本当に貴重な機会であることを改めて実感した次第です。

 

とくに強く印象的であったのは、やはりカウンセラーの基本である「聴く」ということについてです。

わたしも普段文章を書くうえでもかなり気を使うところですが、「聴く」は、「聞く」と「訊く」でだいぶ意味がかわります。

カウンセリングは、耳だけではなくとにかく五感で「聴く」。

基本といっても、その基本がもっとも難しく、何年プロとしてやっていても緊張を伴うことであるのは、わかっていたつもりでも、改めて理解できました。

 

そして「診断する」という材料はないということ。

そしてカウンセラーはクライアントに対して「無知」であるということ。

見立てる力と質問力も、相当の力で必要であるということも、再確認できました。

 

すべてのレポートをここに書くことはできませんが、とにかく基礎の基礎の基礎のお話しを聞くだけで、猛烈な学びになったと実感しています。

わたしはこの講座の直後にカウンセリングが入っていて、さっそく学びが活きた、と強い手応えを感じました。

すでにクライアントさんにとって、有益になったであろうことがとても嬉しかったです。

 

 

今後もこの部は定期的に開催してゆきます。

ぴりっとできる場があるのは、本当に幸せなことです。

もっと自分が成長できるように、そしてご縁のあったクライアントさんのために、自己研鑽を重ねてゆく所存です!

 

実はこれから、日本語文章表現能力、文学についての学びを磨くために(文学においては再開だなあ)、詩人である大学時代の恩師による授業も始まるのですが……

 

ほんとうに、本当のプロの方から学べる機会に、心から感謝です!

 

 

★メンタルカウンセリング + コンプレックス脱却ビューティーアドバイス + ビジュアル分析 で、なりたい自分になる!

診断内容とメニュー・料金・スケジュール

お問い合わせはお気軽に! こちらまで

 

LINE@やってます

手帳術・メンタル・健康&美容のことなど、何かききたいことがあれば、まずはこちらでお尋ねくださいませ!


友だち追加

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です