前期と後期のミックス、竜への愛がつまった新作。漫画時代劇Vol.19『必殺仕置長屋』に組紐屋の竜の弟が再登場

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松竹公認・必殺シリーズ漫画『必殺仕置長屋』が掲載された『漫画時代劇』のVo.l19が手元に届きました。
前回は『コミック斬』Vol.15で登場した「組紐の竜二」が、早くも2ヶ月ぶりの再登場。早くも、と言っても、待つ身に2ヶ月は長いものです。

描かれざる組紐屋の竜の過去

今回も「竜二」をメインに据えて、仕置人稼業と抜け忍人生のハードさとやるせなさを描いた物語になっていますが、前回が竜二版『組紐屋の竜、忍者と闘う』なら、今回はその流れを継いだ、あの頃の描かれざる竜の過去といったところでしょうか。

組紐屋の竜が登場したのは昭和59年放送『必殺仕事人V』ですが、その後の『必殺仕事人V 激闘編』になっても、どうして竜が仕事人になったのかがさっぱりわからない。花屋の政と仲間になった経緯も一切描かれていない。

中村主水たちとの合流は、舞台やスペシャル『大利根ウエスタン月夜』で描かれてはいるものの、すでに政と一緒に仕事人として生きていた。結局、そこが知りたい! というところが語られないまま、放送は終わってしまいました。(ファンが各々想像する楽しみの余白となってはいますが)

政についてはともかくとして、仲間ができた経緯への疑問や、当時の竜の心境という過去の空白を、竜二というキャラクターで代弁していく。もちろん兄とは別のキャラクターなので、竜がこうだっただろうというわけではないんですが、竜では描かれなかった、抜け忍が仕置人になるまでの経緯は納得の展開です。

漫画時代劇Vol.19

内容についてはどこを切ってもネタばれになるので控えますが、今回で竜二が確実にレギュラー入りしたなという実感があったので、ほっとひと安心。

竜二も、竜よりもすこしナイーブなのかな? こんな子なら、さぞ郷でのあの経験はこたえただろうな……と想像が広がっていくのがやるせなくも嬉しいところ。被害者となる人物との交流を通して、彼がどういう考えを持って、どういう性格であるかもよりわかってきたので、いよいよキャラクターとして独立しはじめるのかなと、期待大です。

また、ファンにとっては、「竜といえば」のシチュエーション。いつもああいう困ったときに訪ねる政がいないのが非常に残念。(笑)
とにかく、それにともなう、ちょっぴり艶やかで色気のある姿が、耽美的エロティシスム全開といった風情で実に良いのです。竜の人気も、やはり単なる美形というわけではなく、ゾクゾクするような陰の要素があったからだろうと思います。脚を見せて組紐に酒を吹きかけ、自ら死に化粧を施すシーンなんか、なんとも倒錯的ですね。

そして、可哀想であれば可哀想であるほど美しくなる。非道い話ですが、これ耽美の鉄則です。

必殺前期と後期のミックス

今回ふと気づいたことがありまして、『必殺仕置長屋』はタイトルやメンバーからして『必殺仕置人』を彷彿とさせる作品だと思いますが、その世界観に『必殺仕事人V』の系統の竜二が入ってくるって面白いなと感じました。

市太郎の殺しは外連味があるし、主膳と母のやりとりも仕事人的ではあるけれど、前期と後期の必殺がぶつかり合うことなくミックスされている。前期後期と、いろいろな考えの必殺ファンがいるなかで、これをやってくれたことは個人的にとても嬉しいです。

「どっちが本物の必殺か?」論争

いきなり言及するのも恐縮ですが、新参者でありながらも、必殺ファンとしてこの界隈を眺めてきた者として、この「前期必殺」「後期必殺」なる言葉をもとに、ファンの間でネガティヴな暴論に発展することがあることを残念に思っています。

後期とされる『必殺仕事人V』からシリーズに入って、直後に前期とされる『新必殺仕置人』に感激した自分としては、作風の違いは感じるところでも、どちらも好きだというのが感想です。前期派が後期を「ダメだ」とするのはどうも腑に落ちず、どちらが「本物の必殺」であるかという話も、よくわかりません。

わたしはこれを「バンドの1stアルバム現象」と勝手に名付けていますが(笑)、初期に好きになったらそこにこだわるのは当然で、では同じことを繰り返していくことがよいのか? となれば、おそらく見識のある方ならNOとおっしゃるのではないでしょうか。
それは『水戸黄門』などの安定時代劇とは別物とされる必殺が陥ってはいけない罠ではないかと、個人的には思います。(後半は一時期陥っていたのかなとは思いますが)
もちろん、好まないなら好まないで、受けいれる必要はないとは思いますが、根拠のない情報の散布、同調圧力は勘弁してほしいものです。

「必殺アレルギー」になりたくない

これらの論争が面倒だなと思うのは、見目麗しい仕事人たちから入ってくるニューカマーを、「必殺アレルギー」にしかねないということです。
わたしは偶然、とてもよい必殺ファンの大先輩方に恵まれまして、いやな気持ちを味わうことなくすんなり初期必殺に入れたのでラッキーだったかもしれません。中には、とにかくいやな思いをした人もいたようで、表だって自分の好きな気持ちを言うのさえ億劫になってしまった人もいるようです。

でも、面倒な気持ちはよくわかりますが、イジメの加害者に屈することなく、好きなものは好きだと周りの目を気にせず、ともに主張していってほしいものです。

無根拠で無責任な批判的な人々への態度について、ひとつ大好きな言葉があります。ミス・ユニバースジャパンの元ナショナルディレクターのイネス・リグロンの言葉です。

2007年の日本代表に選ばれた森理世さんの容姿に対して、本来は応援する立場の日本人がバッシングを浴びせ、スポーツ誌や週刊誌にまで掲載されました。それに傷ついた理世さんに、イネスは「大丈夫よ。あの人たちと、あなたが食事のテーブルを共にすることは決してないから」と言ったといいます。
これ、ユニバースのQueenにならなくとも、同じことではないでしょうか。

とまれ、新規の必殺ファンを排除すればするほど、なにかしらのニーズも減る可能性もあり、作品の継承も希望もなくなっていくと思うのです。この無駄なイビリは、ほんとうに無益だと思います。

放送当時に生まれていなかったわたしは、『必殺仕事人V』のおかげで真面目に人生が変わりました。深作欣二、工藤栄一、三隅研次といった日本の名監督たちを知ることができ、たくさんの日本映画や時代劇に出逢うことができました。仕事まで変わってきました。

こういう最高の芸能に出逢う機会を、つまらないことで、これからの世代の人たちから奪う権利は誰にもありません。

必殺は時代の流れにあわせて変化したもの

仕置長屋の原作者、山田誠二先生の本『必殺シリーズ完全百科』にこんなことが書いてあります。

「当然、初期からのファンと仕事人からのファンの間で見解の相違が生じる。それは何故か? 答えは簡単である。作品の制作姿勢が違う「別の作品」になっているからだ。」(山田誠二『必殺シリーズ完全百科』P147)

以下、34章の「前期必殺と後期必殺の違い」からまとめます。

当時『木枯らし紋次郎』の放送に対抗してスタートしたシリーズ第一作目『必殺仕掛人』は、映画に迫るリアルな描写と、重厚な人間ドラマを基本姿勢にしていた。また、チャンネルを変えられないために30分前後に目を離せない工夫を組みこませ、ラストの仕掛けシーン前に、もうひとつ見せ場があった。これが見応えになって、ワンパターン時代劇に飽き飽きしていた視聴者を引きこんだ。

しかし、時代は次第に「軽薄短小」をモットーとして、気楽で頭を使わない華やかなものが人気を集めるようになり、TVも「笑っていいとも!」や「オレたち・ひょうきん族」など、バラエティ路線が目立ち、トレンディドラマも大ブームに。

これを受けて、仕事人の中頃から「TVのプロデューサーは作家であるよりも、時代の空気を敏感にキャッチするジャーナリストであるべきだ」という持論を持つプロデューサーの山内久司氏を初めとする製作陣が、生き残りのために必殺にもバラエティを取り入れた。

そして「中村家での主水イビリ」、「田中様の主水イビリ」、「玉助おじさんによる順~ちゃん♡追っかけ」、「世相のパロディ」、「殺し映像の華麗さ」が生み出された。

結果、当時、世の中的にはブームになった「仕事人」だが、必殺ファンの間では不評だった。

これについて山田先生は、こんなふうに書かれています。

「前期必殺と後期必殺はを比べるのは、映画とバラエティを比べるのと同じであり、不毛である。(略)心に残る本格的なドラマを、1時間じっくりと楽しんだ時代は過去の物になってしまったのか。とにかく、バラエティー路線によって、必殺の寿命が延びたのは間違いない事実である。」(山田誠二『必殺シリーズ完全百科』P147)

好きか嫌いかの問題はあるけれど、結局「どっちが本当の必殺だ」みたいな論争は違うんでしょうね。山田先生がおっしゃるように、別々の作品であると考えれば、どちらにもファンがいてしかるべきかと、若輩者ながら思います。

前回を上回る、京本政樹氏へのリスペクト

そんな後期必殺では、バラエティ路線という要素に加え、秀(三田村邦彦)、勇次(中条きよし)、そして竜(京本政樹)と、政(村上弘明)という美男子たちの登場の影響もあって、新たなファンの獲得があったと数々の記録に残されています。

30年以上経つ今でも、バラエティや他の作品に出ているふたりの影響で、必殺を初めて見る女性も多いです。わたしもそのタイプです。誇りを持って主張します。政と竜はわたしの恩人です。

竜二は、竜なくしては生まれなかったキャラクターです。竜もまた製作サイドのアイディアもありながら、京本さん自らが、髪型、衣装、メイクなどこだわり抜いて作り上げたキャラクターです。

京本さんはもともとシンガーソングライターなので、『必殺仕事人V』には、挿入歌として自らが歌う『哀しみ色の・・・』が起用され、次の登場作『必殺仕事人V 激闘編』では、鮎川いずみさんが歌う『女は海』を作詞作曲・プロデュース。さらにBGMまで名プロデューサーの大谷和夫さんとともに手がけています。

竜と彼のいた世界には、京本政樹さんのクリエイティビティが込められている。竜と京本さんは、ただ与えられた役と演者というよりも、切っても切れない関係です。原作者の山田先生は、ここを無視することなく、ガッツリと盛りこんでくれているのがよく伝わってきます。

今回の最後のナレーションでは、必殺としてはなかなかニッチな関連アイテム(?)まで入ってきて、京本政樹さんへのリスペクトは、前回よりもさらに溢れている印象でした。

京本さんは、TVや自身の著書などで、必殺の音楽を作った平尾昌晃さんのことに触れ、また一緒に激闘編劇伴を作った大谷和夫さんへのリスペクトもたびたび述べています。
平尾先生が作った名曲を聞き込んで、そうやって作られた必殺の歌と劇伴です。

なんとなく山田先生の竜二の作り込みは、面白いことに、京本さんがされたことと同じように、「竜&京本政樹」を継承・踏襲・発展させているように思えます。

木村知夫先生の作画も、たまにすごく映像の竜らしい顔をしている竜二がいたりして、はっとするときがあります。全員が揃って同じコマにいるのとか、最後の見開きページなどでも、ああ、竜二が仲間になったんだな……と感慨深い気持ちになりました。政と竜が主水の仲間になった、あの橋を思いだしますしね!(政はあのとき、これっきりって言ってたけど・笑)

必殺シリーズ公開の日に再登場した竜二

SNSで知りましたが、発売日となった9月2日は、奇しくも必殺シリーズ第一作目『必殺仕掛人』の放送開始日だそうです。
昭和42年からスタートした必殺は、いまでもTVでは毎日再放送があって、まだまだニーズがあることがわかりますが、わたしのような世代の人間は、竜にまつわる物語が新たに生まれるワクワク感は味わったことがなく、それに近い経験をさせてもらえるのはとてもありがたいのです。

温故知新の精神で「必殺」の新作を作ってもらえて、何よりそこに、前期後期分け隔てなく、竜を大切に組みこんでもらえたのが個人的には嬉しく思います。

今後の組紐の竜二の活躍に期待!